
アパレルの世界で広範な業務に携わってきた前川正人さん。ある時はアートディレクター、またある時はイラストレーター、デコレーター、ブランドコンサルタントと多彩な才能を発揮する彼が目指す先とは?

学生時代、まだCiaopanicのアルバイトだった頃、ストックで伝票の裏に絵を描いていたら、それを見た上司が「いいね。今度うちの部署でVMDっていうのを作るらしいから声かけとくよ。」と言ってくれて、当時勤めていたお店の担当VMDとして仕事をさせていただくことになったんです。 当初は完全にディスプレイ屋で、ウインドウディスプレイと店頭の演出を考えるだけでした。海外ではVMDというと演出専門のアーティスト気質の方々が多く、派手な活躍をしていましたので、それがVMDだと思っていました。しかし実際は戦略があり、視覚的にお客さまの導線を作り、タッチ回数を増やしてレジまでもって行かせる、 ということこそが重要なミッションなのだということに気づきました。その後、新ブランドの立ち上げ時に中心メンバーに選んでいただいたので、そこからは徐々にブランディングやアートディレクション、プレスなどを幅広く手掛けるようになっていきました。企画、開発、バイイング、販促ツールのデザインも自分自身で手掛けるようになり、最終的にはVMDというのは肩書きだけになっていましたね。

僕のデザインをアートとして全面的に出す、というウインドウを作ったことがあったのですが、それが企画担当者の目に止まり、そのままTシャツとして商品化されました。かなりヒットして他のブランドでも展開され、社内で高い評価をいただいたんです。「格好よければそれで良いよね」と思っていただけだったので、「オレ、時代作ったな」と天狗になっていましたね。同じ頃に著名なADの方とお仕事をする機会があり、そのデザインの見やすさ、カッコよさに驚きました。その上「君は絵の上手なだけの素人だよ。」と言われ、大きなショックを受けたのを覚えています。免許があるわけじゃないから、MACを買ってきて明日からデザイナーだって言えば誰でもなれるけど、そんなのは本物じゃないよ、と。それからは自分がデザインしたものを必ずチェックしていただき、赤ペンだらけで戻って来たものを見て落ち込む…というのを数年間繰り返しましたね。今でもすごく感謝しています。その経験が今に繋がっているのだと思います。

気がつくと自分の仕事はあまりに広範囲で、特殊なものになりすぎていました。会社組織ですから常に新しいことにチャレンジしていかなければならなかった。もっと丁寧に仕事をして行きたい、というのがありましたね。ADやPRなど、やることは増えていましたが、自分の中では1本の線で繋がっているものだったので、それをそのまま仕事にしたいと思い、フリーランスになりました。
今まで一つのブランドで全てを俯瞰する立場に居ましたので、開発から店頭まであらゆる現場を理解しているのは強みかなと思います。ある人は僕のことをイラストレーターだと思っているし、他の人はデコレーターやコンサルだと思っていたり…お仕事としてはバラバラなのですが、色々な切り口から入れるので、あまり職種にとらわれずにやれています。

依頼を受けた時は、クライアントとじっくり時間をかけて話し合い、ミッションの着地点を明確にすることを心がけています。最初は皆さん自分のゴールを言ってきます。ただ、意外に納品後のことは考えていないんです。着地点を再度自分の中で探り直して、全く別のアイデアを提案することもあります。例えば、デザインを3案というオーダーに対して、1案に絞る代わりに納品後に色々な展開ができることを話すとか。何案も作ってプレゼンすることはあまりないですし、最初はコンペだったものが、話している途中で「お願いします」ということになる場合もあります。クライアントの向こう側にあるものを極力考えて、それに対してフレームを作り、確認して、そこで初めてラフを制作します。考えること、確認することに多くの時間を割くので、作業に入るのは最後の最後。実際に作業に入ってから納品までは早いですね。